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甲府地方裁判所 昭和37年(行)4号 判決 1963年11月28日

原告 天野正則

被告 山梨県知事

主文

原告の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が昭和三四年九月二二日山梨県都留市下谷一、五九九番の一田一反三畝歩、同所二、二一六番畑一四歩に対してなした禁猟区設定行為の無効であることを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。

一、被告は、旧狩猟法(ただし、昭和三七年五月一六日法律第一四〇号による改正前の大正七年四月四日法律第三二号。以下単に「法」という。)第九条の規定に基き、昭和三四年九月二二日、山梨県都留市地域内に、その名称を「谷村町禁猟区」としその存続期間を同年一一月一日より昭和三九年一〇月三一日までとする禁猟区(以下「本件禁猟区」という。)を設定した。

二、本件禁猟区内には、原告が所有耕作している都留市下谷一、五九九番の一田一反三畝歩及び同所二、二一六番畑一四歩(以下「本件農地」という。)が含まれているが、本件禁猟区設定の結果、狩猟を禁止された昭和三四年一一月一日以降鳥獣の蕃殖甚しく、群集して農作物を喰い荒し、山林を荒廃させるに至り、本件農地においても同様に農作物を喰い荒し、そのため原告は相当の損害を受けた。

三、被告のなした右禁猟区設定処分(以下「本件処分」という。)は、本件農地に関する限り左の理由により無効である。

およそ都道府県知事が国民の私有地に禁猟区を設定するにはその設定処分の結果、前記のように、個人の利益に重大な影響を及ぼすことになるのであるから、右設定処分をするに際しては、まず公聴会を開き、利害関係人及び学識経験者の意見を聞き、かつ農林大臣の承認を受けることを要する旨を定めた法第一条の規定によるべきものであるのに、本件処分は、右のような前提手続によるべきことの定めのない法第九条の規定に基いてなされたものである。従つて本件処分は、右法条に違反して無効である。仮に、法第一条による右手続を経ることなく、法第九条により一般に禁猟区を設定し得るものというのであれば、同法条の適用の結果、個人の財産は不当に侵害されることになるから、右第九条は憲法第二九条に違背して無効というべきであり、従つて右第九条に基く本件処分が無効であることは明かである。

以上の次第であつて、本件処分は、本件農地に関する限り無効であるから、その確認を求めるため本訴請求に及んだ。

被告指定代理人等は、主文同旨の判決を求め、次のとおり答えた。

一、原告主張の事実中、一の事実はこれを認めるが、二の事実はこれを争う。

二、原告の本訴請求は、左の理由により失当たるを免かれない。

(一)、本件禁猟区設定行為は、事実行為であるから、その無効確認を求めることはできない。

(二)、仮に、本件禁猟区の地域内に、原告所有の本件農地が含まれているとしても、本件禁猟区は、総面積三〇〇町歩に及ぶ一体不可分のものであるから、本件農地に限りその無効であることの確認を求めることは許されない。

(三)、原告主張の地域を対象とする禁猟区は、従前より設定されていたものであるが、その存続期間は、昭和三四年一〇月三一日までとされていた。ところで法第九条は、禁猟区設定に当り公聴会を開くべきことは規定していないが、被告は、本件禁猟区設定に際しては、同年三月一〇日右地域内における害鳥獣の駆除及び蕃殖の実態調査を、山梨県担当職員、都留市担当職員及び都留警察署員等の立会の下に、地元狩猟者の協力を得て実施した結果、参加者全員から鳥獣の保護増殖のため並びに付近住民の危険防止の目的からも、前記禁猟区を今後も存続されたい旨の希望があつたので、更にこれを存続させる必要を認め、ここに改めて本件処分をすることになつたものである。従つて本件処分には何等の違法もない。

(四)、本件農地が本件禁猟区内に存するとしても、原告は、依然として右土地につきその欲するままに所有権を行使し得るのであつて、ただ禁猟区内においては鳥獣を捕獲することができないだけであるが、そのため農作物等に被害がある場合には、法第一二条の規定により右被害を防止し得るのであるから、本件処分により原告の財産権が侵害されたということはできない。

証拠<省略>

理由

一、原告主張の一の事実は、当事者間に争いがない。

二、ところで被告は、まず右設定行為は、事実行為であるからその無効確認を求めることはできない旨主張するが、行政事件訴訟法上事実行為的処分の無効確認訴訟が許されるかどうかの判断は暫く措き、本件禁猟区設定行為は、行政庁である被告が法第九条の規定に基き、一定の地域を指定し、この地域内における狩猟を禁止するものであるからこれにより国民の利害に直接の影響を及ぼすに至ることは明かであり、従つて行政処分に当ることは疑ないから、被告のこの点に関する主張は理由がない。

三、そこで進んで、右行政処分の無効であることの確認を求めることが行政事件訴訟法の下において許されるものであるか否かについて考える。

まず、本件処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えとして、本件禁猟区不存在確認を求める公法上の当事者訴訟を考えることができる。従つて、このような場合には、行政事件訴訟法第三六条後段の規定の趣旨から、同法第四五条所定の処分の効力等を争点とする訴訟によるべきであつて、禁猟区設定処分の無効確認自体を求める訴えは、許されないとの見解も一概には排斥し得ないものと思料される。しかしながら、かかる場合であつても、なお右処分の無効確認訴訟の提起が許されるものとすれば、訴訟提起とともに同法第二五条所定の執行停止制度を利用し得ることとなつて当該処分の執行に対する救済の目的を達することができるのに(同法第三八条第三項)、もし無効確認訴訟の提起が許されず、前記禁猟区不存在確認の如き現在の法律関係に関する訴えによる外ないとすれば、同法第四四条の制約の結果民事訴訟法上の仮処分をすることはできないのみならず、当事者訴訟には執行停止の規定を準用していないから、執行停止の救済も受けられないこととなり、結局このような場合には、民事訴訟法上の仮処分も執行停止もともに許されないとの結果を避けることができないこととなるのである。ところで、右いずれの訴えも、仮の措置による救済を必要とすることにおいては変りなく、かつ、執行停止は、本件行政権の作用を阻止ないし制限する仮処分が許されないためこれに代るべき措置として設けられた特別の制度であることに想到すれば、仮処分の許されぬものについては、執行停止が許されるものとすることによりその不合理を解消するように解釈するのが相当である。以上のように解するときは結局このような仮の措置を受けることのできない場合は、現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することのできないものに該当すると解さなければならないから、本件について前記のように、禁猟区不存在確認の訴えが考えられるとしても、なお本件処分の無効確認を求める訴えも許されるものといわなければならない。

次に、原告は、山梨県を相手方とし本件処分の無効を前提として、違法の本件処分のなされた結果鳥獣の蕃殖によりその所有の本件農地(この土地が本件禁猟区の地域内に含まれていることは、成立に争いない乙第一、七号証並びに弁論の全趣旨によつてこれを認めることができる。)の農作物が損害を受けたことを請求の原因として、現在の法律関係としての損害賠償を求める民事訴訟を提起し得ることが考えられる。このような訴えによつて、もし原告が所期の目的を達することができるとするならば、本訴は、同法第三六条後段の規定の趣旨に従い、前同様の理由により本件処分の無効確認自体を求めることは許されぬものとの結論に到達せざるを得ないのである。しかしながら、本件事案のような場合に処分の無効確認の訴えが許されるものとすれば、裁判上無効と確定された結果は、自由に狩猟をすることができることとなり、鳥獣の害を除去し得て原告の所期した窮極の目的を達することができるのに反し、右訴えが許されず過去に生じた損害の賠償請求の訴えによるより外ないとすれば、右のような所期する救済はついに果し得ないこととなるのである。従つてこのような場合にも処分の効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつては目的を達することができない場合に該当するものと解するのが相当である。

以上説示してきた理由により結局本件処分の無効確認を求める訴えは適法として許されるものと解さなければならない。

四、次に被告は、本件禁猟区は、総面積三〇〇町歩に及ぶ一体不可分のものであるから、本件農地が右地域内に含まれるとしても、当該部分に限り処分の無効確認を求めることはできない旨主張するが、本件処分が本件禁猟区全域にわたつて一体不可分のものとは認め得ないばかりか、原告は、右範囲の無効確認を求めることにより鳥獣の害より免かれ得るに至ることが考えられるから、右主張は理由がない。

五、そこで更に進んで、法第九条の規定に基づいてなされた本件処分の適否について判断する。

まず、原告は、私有地に禁猟区を設定するには法第一条所定の手続を履践すべきである旨を主張するが、法第九条により禁猟区を設定する場合においても法第一条の手続をふむべきことが法の要請するところとは解し難いから、右主張は採用できない。

そこで、法第九条が憲法第二九条に違反するかどうかを考えるに、元来法第九条は、自然の所産たる鳥獣の保護蕃殖と一般の保安を目的としての危険予防をはかることにより生活環境の改善とひいては農林業等の振興に寄与すべく、狩猟を適正化する一つの手段を定めたものであつて、私有財産権を剥奪し又は制限することによつて国又は地方公共団体がこれを利用することを目的としたものではないのであるから、それ自体公共の福祉に適うものであつて、いわゆる財産権不可侵の原則に牴触するものではないのである。もつとも、禁猟区設定の結果、原告主張の如く私人の財産に損害が発生することなきを保し難いけれども、禁猟区設定行為は、法第八条の二所定の鳥獣保護区設定行為のように、農林大臣又は都道府県知事が直接かつ積極的に私人の所有権等に制限を加える場合とは異り、私人の有する権利に対し何ら制限を加えようとするものではないのであるから、禁猟区設定の結果生ずる原告主張のような損害は、憲法第二九条第三項にいわゆる正当な補償の対象とされるべきものではないと解するのが相当である。従つて、法第九条が憲法違反であることを前提とする原告の主張も亦採用できない。

よつて、原告の本訴請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 須賀健次郎 奥平守男 神崎正陳)

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